モノづくり資本主義宣言 ー モノづくりが明日の日本を創る ー
済藤友明のコラム
コラム詳細
トヨター豊臣化の不安
 トヨタがGMを抜き世界一になるのは時間の問題となった。1950年に一万田日銀総裁の自動車産業不要論に始まり、人員整理の労働争議に巻き込まれたトヨタが、救済融資と工販分離体制で倒産を乗り切りながらも、1960年までフォードとの提携を模索した時期から見ると隔世の感がある。その一方で、ピストンリングのリケン騒動に見られるように、トヨタの生産システムに一抹の不安が見られた。トヨタの強さと弱さはどのように絡みあっているのか、知りたいところである。


日本的経営

トヨタの強さは、乗用車の技術的属性であるすり合わせ型のアーキテクチャーと相性の良い統合型ものづくりの組織能力を構築してきたからだという、藤本隆宏東大教授の卓見がある。技術タイプではトヨタの国際競争優位は維持されそうである。また、ものづくりは人づくりといわれるように、組織への動機付けが人づくりに必要であり、技術力や競争力を左右する。トヨタはこの点でも日本的経営を頑なに維持してきた。ジャストイン・タイム方式はその成功例である。

ジャパン・アズ・ナンバーワンの著者エズラ・ボーゲル教授は、日本的経営の本質は社員の一体感と生産性にあると指摘した。当時の日本企業では、うちの会社という帰属意識が全成員に浸透し、組織への忠誠心が溢れ、強い結合力があった。この文化は基本的には日本の多くの会社に未だ見られる。

マーケティングでは顧客ロイヤルティをいかに獲得するかを目標とするが、生産においても社員や取引先のロイヤルティの重要性は劣らない。社内は長期雇用、社外は長期取引でそれを支えている。並外れているトヨタのロイヤルティは「豊田家のために」であるといわれるが、そこにはなにか歴史風土的な特徴があるはずだ。


三河気質

司馬遼太郎はいう。三河気質は極端な農民型で律儀で篤実で義理に厚く、戦場では労を惜しまずに働き、三河兵は徳川への忠誠心のみで統一されていた。同時に極めて統制的性格をもっていることで、売名的な豪傑がおらず、自分の能力を世間に誇示することなく徳川家のために埋没したと。

三河出のトヨタは、まさに三河兵のようなお家のために労を惜しまない律義者企業軍団を擁して世界まで登りつめたのではないか。トヨタは資本・人的関係をもつデンソーのような譜代企業と資本・人的関係のない外様部品会社を傘下にもち、運命共同体的な信頼関係を醸成し漸進的に強さを構築してきた。傘下企業を自主独立させて分化のレベルを高め、カイゼンや見える化の思考様式でグループ全体を高度に統合している。グループは遠心力を活かして部分最適を、求心力を活かして全体最適を実現しているが、その根幹には豊田家の存在が脈脈と生き続けているのである。

心理学者デシのいう内発的動機付けがお家のためであり、それがトヨタ軍団に今後も共有されるなら、徳川300年とはいかないまでも長期繁栄もあながち夢ではない。しかし豊田家のためという求心力が弱まったら状況は一変する。

再度、司馬によると、隣の尾張気質は異なるそうである。尾張の気質は、土地にしがみつく保守的な生き方よりも外に出て利を稼ぐ進取的、時には投機的な生き方を取るそうである。秀吉は、武士の出でなくかつ下克上の論理と個人の能力主義に支配されていた戦国時代に、忠誠心を植えつけることに知恵を絞ったと。

商人的才覚に溢れていた彼は、戦を土木工事に変え、チームに分けて競争させ論功褒賞を与えることで労働生産性を上げ、結果的に秀吉軍団が大きくなり家臣が安定感を得ることができるようにした。「利による忠誠心」の導入である。だが秀吉は天下人となると、貴族的生き方を好み、名誉と奢侈に走り、豊臣家の存続に我執した、そのときが崩壊の始まりであった。天下統一で家臣団はもはや得るべき利がなくなると、求心力は落ち、秀吉が亡くなると豊臣家は霧散霧消した。


リケン騒動

トヨタの企業軍団は世界一になるまで豊田家のために愚直に邁進してきたが、達成されたらDNAの如き内発的動機付けは神通力を失う。世界に開放されたトヨタは、グローバル・スタンダードで経営するにしたがって、三河気質は消滅し、豊田家の求心力はなくなる。グローバル経営では家康型内発的動機付けは薄まり、秀吉型外発的動機付けに依存せざるをえない。本社はグローバル企業としての自負と体裁を整えることに腐心し、乾いた雑巾を絞るといわれた昔の基準からすると放漫経営に成り易い。

高い品質、安い価格、時間刻みの納品をトヨタに粛々と奉仕してきたサポート・インダストリーの存在が、トヨタ生産方式の根幹を担っているのだとリケン騒動で誰の目にも明らかとなった。トヨタの巨大化に従って、部品メーカーも主従関係から対等関係へ意識変革し、いつまでもコストに厳しいならトヨタから離れ、利をもたらすメーカーとの取引を増やすだろう。事実、国内では中小企業の取引構造のメッシュ化が拡大している。

世界のトップになったとき、ギヤチェンジして日本的経営からアメリカ型経営でドライブするのか、あるいはモデルチェンジして豊田家に代わる新たなグローバル求心力、例えば「地球環境のために」を提示するのか。いずれにしろトヨタの強みの二要素、求心力と遠心力のグローバル最適化をどうすり合わせるのか興味津々である。

2008年10月15日
済藤友明のコラム一覧